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福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)32号 判決

原告

原口政彦

右訴訟代理人弁護士

市川俊司

吉田雄策

石井将

被告

北九州西労働基準監督署長(旧名称八幡労働基準監督署長)荒添哲哉

右訴訟代理人弁護士

山口英尚

右指定代理人

北川益雄

諸藤博次

月原章

長尾昌子

主文

一  被告が、原告に対し昭和四九年四月三日付をもってなした、労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年七月二七日から、北九州市八幡東区枝光本町八―三〇所在の訴外株式会社山九(旧商号山九運輸機工株式会社、以下「訴外会社」という。)八幡支社運輸部の作業員として就労していたものである。

2  本件事故の発生

原告ら訴外会社の従業員約九名は、昭和四六年一月三一日午後一一時頃、新日本製鉄株式会社八幡製鉄所構内の八幡港内三番浮標永輝丸三番船艙内において、国内向けの鋼材積込み作業に従事中、丸鋼材(一束一・二トン、五束を一つに束ねたもの、長さ約六メートル)を艀から永輝丸のウインチ(起重機)を使用して捲き揚げ、左舷上空を通過して三番船艙内の右舷に捲き降す際に、二番船艙から飛び出していたH型鋼材に右丸鋼材の一方の端を接触させ、デッキマン(合図係員)が停止の合図をしたが間に合わず、右丸鋼材の他方の端が原告のいる左舷の方に降下し、折から何本かのダンネジ(敷木材)を置いて中腰から立ちあがった原告の後頭部のヘルメツトをかすめてその上半身を上から押さえつけた。そのため、原告は、前かがみの状態で上半身を強く折り曲げられ、両足が伸び両手が足元に着く形で押さえつけられ、腰が前屈し膝が折れたが、その直後吊荷(丸鋼材)が停止したので、膝をついてその場より退避した。

3  事故後の経過

原告は、本件事故の直後より背部から首筋にしびれる痛みを生じ、翌二月一日(休日)から同月四日まで訴外会社を欠勤し自宅療養した後、二月五日から痛みをおして出勤したが、腰部にも痛みが出て、下肢の力も弱った感じがあった。

そこで、同年三月胃潰瘍で斉藤病院に入院した機会に腰背部の痛み止め注射や低周波治療を受け、同年六月にも森本外科で通院治療を受けたものの、引き続き勤務を続けて行く間に容態は悪化し、昭和四七年四月から黒崎整形外科医院、貞元中央医院、九州厚生年金病院、北九州市立八幡病院等で通院治療を受けた。

しかし、原告の腰・背部痛の症状は次第に悪化し、通院治療に耐えられない容態となったため、昭和四九年一月二九日斉藤病院に入院し、翌五〇年三月二九日健和総合病院に転院したが、症状が固定してきたため、昭和五二年七月二三日以来、自宅での療養生活に切り替えている。

原告の右受傷は、健和総合病院において本件労災事故による「腰部挫傷、胸椎挫傷」と診断され、目下、腰痛、背部痛と腰背部に力が入らない症状のため病床にふせり、今後回復の見通しが立たない状況にある。

4  業務起因性

(一) 第一次主張(災害性疾病)

原告の腰・背部痛の現症状は、本件事故により発生した腰部と胸椎の挫傷によるものであるから、業務上の負傷に起因する疾病に該当する。

即ち、前記2の本件事故発生の状況よりすれば、原告は、不意に強大な力で押さえつけられて異常な前屈を強いられ、脊椎に強く過剰な運動と負担がかかり、加えて、鋼材が当たった瞬間に反射的に筋肉の緊張が増すことから両足で反発して踏んばる結果となり、脊椎とその周辺の筋肉に異常をきたして腰部挫傷・胸椎挫傷の傷害を負い、それにより腰・背部痛が生じたのである。

(二) 第二次主張(災害性疾病)

原告の現症状が腰椎分離症によるものだとしても、原告は、訴外会社に就職して以来、荷役作業等長年の腰・背部に負担のかかる業務への従事によって腰部が弱化し、腰椎分離症の痛み(症状)が発現しやすい状態となっていたところに、本件事故に遭遇し、それが誘因となって右症状(現症状)が発現したのであるから、原告の現症状は業務に起因するものである。

即ち、原告には第四、五腰椎分離症と第四腰椎に変形性脊椎症がみられるが、腰椎分離症が存在する場合、腰椎に長期間にわたり荷重が繰り返して加えられると腰椎は通常より早期に変性し、あるいは変形して変形性脊椎症を示す。さらには、原告の場合、分離性を示す第四腰椎と第五腰椎の間の機械的結合が弱くなって、その椎間部が前方にすべった症状(すべり症)がみられるが、これらの症状は腰痛を生じ、あるいは生じやすくさせるものである。

ところで原告は、昭和三四年に訴外会社に就職して以来昭和四八年八月までの期間、洞岡、沖口、中央沿岸の各現場を経る間に、鉄鉱石の貨車卸し作業(スコップを使った中腰作業)、鉱石の艙内作業(スコップ作業を中心とした重量物の運搬作業)、石炭の貨車積み作業(人力による貨車押し作業がある)、石炭・鉱石の繰り出し作業(スコップによるハネ出し作業)、鋼材積みの艙内作業(ダンネジの敷き込みやバール作業などの腰部に負荷のかかる作業がある)、艙内・貨車上・倉庫等での玉掛け作業(ダンネジ、リン金の敷き込み、バール作業等がある)、雑貨の荷役作業(セメント袋、罐詰類等の雑貨を肩にかついで積み込む作業)など、いずれも腰部に過度の負担のかかる中腰作業や重量物運搬作業(いわゆる港湾荷役労働)に長い期間にわたり従事しており、このことが前記変形性脊椎症や腰椎すべり症の促進原因となったのである。

そして、右のように腰椎分離症やすべり症、変形性脊椎症による腰痛をきたしやすい状態にあったところに、本件事故が引き金となって、右各症による腰痛をきたしたものである。

(三) 第三次主張(非災害性疾病)

仮に右(一)、(二)の主張が認められず、原告の現症状が本件事故と直接関係のない腰椎分離症によるものだとしても、右症状は、前記(二)で述べた長年の腰・背部に過重な負担のかかる業務への従事を直接の原因として発現したものであるから、業務起因性がある。

即ち、腰痛に関する業務上外の認定に関する労働省労働基準局長通達(基発第七三号昭和四三年二月二一日)によれば、「災害性の原因によらない腰痛には、比較的短期間の重量物取り扱いなど腰部に過度の負担のかかる業務に従事した労働者に腰痛が発症する場合と、腰部に過度の負担がかかる重激な業務に一〇数年にわたり継続して従事する労働者に慢性的な腰痛が発症する場合の二つが考えられるが、このような災害性の原因によらない腰痛については、事柄の性質上、重激な業務及び疾病に関する基準を設けることが医学上一般に困難であるので、作業内容、当該労働者の身体的条件及び作業の従事期間等からみて、当該腰痛の発症が医学常識上業務に起因するものとして納得し得るものであり、かつ、医学上療養を必要とする場合のみ業務起因性が認められる」とされているが、前記(二)の原告の長期間にわたる港湾荷役などの就労実態からすれば、原告の腰痛の発症が右認定基準に該当することは明らかである。

もっとも、右通達によれば、腰椎分離症やすべり症は、労働によって発生することは極めて少ないとされているが、しかし、実際は腰椎分離症は、労働による腰部疲労と深い関連性があり、右通達の見解は不当である。

5  そこで、原告は、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づいて、前記3の入・通院期間中の腰痛及び背部痛につき療養補償給付を請求したところ、被告は、昭和四九年四月三日付で原告の右腰痛・背部痛は業務上の災害によるものとは認められないことを理由に、右保険給付をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)を行った。そこで、原告は、本件処分を不服として福岡労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同年一〇月九日付で前同様の理由により右請求を棄却されたため、さらに、労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、昭和五二年六月三〇日付をもって棄却の裁決がなされ、同年八月一日、その裁決書の送達を受けた。

6  しかしながら、本件処分は、業務上の事由による原告の前記腰痛・背部痛をそうでないと誤認した結果なされた違法な処分であるから、原告は、被告に対し、本件処分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告主張の日時、場所において、原告主張のような作業内容の作業が行なわれたこと及び作業中鋼材が原告の後肩付近に接触する事故が発生したことは認め、その余の点は不知。

3  同3の事実のうち、原告が昭和四六年二月一日(定休日)から同月四日まで出勤しなかったこと、その後は出勤していること、昭和四九年一月二九日斉藤病院に入院するまで、原告主張の各病(医)院で治療を受けたことは認め、その余の点は不知。

4  同4の主張はいずれも争う。

5  同5の事実は認める。

三  被告の主張

1  原告は、業務起因性につき第一次的に、本件事故を直接の原因として胸椎挫傷、腰部挫傷が発生し、現症状たる腰・背部痛を招いている旨主張する。

しかしながら、原告の現症状がその主張のとおり存在するとしても、本件事故の態様等からみて、当時、原告にかかる外傷の発生原因となるような強力な直達外力が加わったとは到底考えられず、加えて、原告は事故直後自ら退避したが、その動作には何の異常も認められず終業時まで作業を継続し、その後の出勤状況及び日常生活にも特別変化がなかったこと、原告は、昭和四七年四月下旬に至り初めて医師の診断を受けているが、その間上司や同僚等に腰・背部痛等身体の異常を訴えた事実がないし、病理上、負傷後一年以上経過して本件事故を原因とする症状が発生することはあり得ない。むしろ、原告の現症状は、腰椎分離症によるものであり、右分離症は大部分先天的なもので単一の外傷により発生することはまずないし、例外的に外力によって生じるとするならば、腰部に強力な直達外力が作用したことが必要であるが、本件では右事実は認められず、本件事故により腰椎分離症が発生したとも認められない。

よって、原告の第一次主張は到底これを認めることはできない。

2  原告は、第二次的に、その現症状が腰椎分離症によるものであるとしても、本件事故が誘因となってその症状(痛み)が発現した旨主張する。

しかしながら、外傷によって腰椎分離症の痛み等が発現する場合には、外傷と同時に最初強い痛みが起こり、経過とともに軽くなるが、ある程度の痛みが継続していることを要し、時には一、二日間それ程強くない痛みがあり、その後痛みが強くなることはあるが、何週間も経過して発現する痛みは外傷とは関係ないものである。しかるところ、本件事故以降、原告に痛みが継続して存在したという事実は認められず、客観的に痛みが発現した可能性があると考え得る時期は、本件事故後一年二月余り経過した昭和四七年四月中旬以降であるから、原告の現症状が本件事故を誘因として生じた旨の主張も理由がない。

3  原告は、第三次的に、その現症状は長年の腰背部に過重な負担のかかる業務への従事を直接の原因として発現したものであり、業務起因性がある旨主張する。

しかしながら、原告の過去に従事した作業の態様、従事時間、身体的条件等からすれば、原告が掲げる通達の基準にいう腰部に過度に負担のかかる業務又は重量物運搬業務には程遠く、加えて、原告の腰痛等の現症状は、医学上、労働の積み重ねにより発症する可能性は極めて少なく、業務との関連性が認められない先天的な腰椎分離症によるものであることからして、医学常識上、腰痛等の発症に業務が関係しており、これとの間に因果関係を有すると認め得る根拠もなく、原告の右主張もまた理由がない。

4  以上のとおり、原告の現症状については、業務に起因するものとは認められないから、被告の本件処分は正当であり、原告の請求は理由がない。

第三証拠(略)

理由

一1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2(本件事故の発生)について

同2の事実のうち、原告の主張する日時、場所において、その主張のような作業が行われていたことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すれば、前記作業中、丸鋼材(一束一・二トン、五束六トンを一つに束ねたもの、長さ約六メートル)を艀から永輝丸のウインチを使用して捲き揚げ、左舷上空を通過して三番船艙内の右舷に捲き降ろす途中、同鋼材が二番船艙から飛び出していたH型鋼材に引っかかりそうになったので、デッキマンがウインチマンに停止の合図をしたが間に合わず、ウインチが下がり過ぎて右丸鋼材の一方の端がH型鋼材に接触したため、丸鋼材の他方の端が下がり、折りから永輝丸の三番船艙内の左舷で鋼材積みの段取りのためダンネジ敷きの仕事をしていた原告の後頭部のヘルメットをかすめて、その首から肩付近に当たったこと、その際、原告は腰から上半身を深く折り曲げて挨拶をするような格好であったこと、丸鋼材は原告に当たってすぐに停止し捲き揚げられたこと、原告は鋼材が停止してすぐに丸鋼材から身をよけて自分の足でサイドへ退避したこと、以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  同3(本件事故後の経過)について

同3の事実中、原告が本件事故の発生した翌日の二月一日から同月四日まで訴外会社に出勤しなかったこと及び昭和四九年一月二九日斉藤病院に入院するまで原告主張の各病院で受診したことは当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、(証拠略)を総合すれば、

(一)  原告は、本件事故発生直後、現場で同僚より安否を確認されて「大丈夫」である旨答えて作業を続け、事故発生日の午後一一時五〇分頃、同僚らと詰所に戻って食事をとった後、再び、翌二月一日午前五時頃まで所定の作業に従事したが、右食事中及び作業終了時に上司及び同僚より再度、本件事故による身体の安否を確認されていずれも大丈夫である旨答え、特段身体の異常を訴えることはなかった。

(二)  右二月一日は定休日であったが、原告はさらに翌二月二日から同月四日まで頭痛のため訴外会社を休んだものの、右期間中病院で受診することはなかった。

(三)  原告は、同年二月五日から再び訴外会社に出勤し、ウインチマン作業や鋼材積みの艙内作業に従事し、昭和四七年三月まで、途中胃潰瘍で斉藤病院に入院したために同四六年四月中一か月間欠勤したことを除いては、毎月二一日以上出勤し平常通りの勤務を続けた。

右期間中、原告は上司、同僚に腰部や背部の痛みを訴えたり、腰・背部痛を理由に医療機関で受診したりすることはなかった(但し、原告は昭和四六年六月一四日及び一五日に腰痛のための休養を理由に訴外会社を欠勤している。)。

(四)  ところが、原告は、昭和四七年四月一二日以降、腰痛のために訴外会社を欠勤し始め、同月二四日に至り、一週間位前より腰痛が始まった旨訴えて黒崎整形外科病院で受診し、診察の結果、第三、第四腰椎棘間靱帯に圧痛があり、その後レントゲン所見により第三腰椎棘突起の分離及び第五腰椎の分離症が認められ、病名として腰椎棘間靱帯炎(第三腰椎棘突起分離)、第五腰椎分離症、両膝関節リウマチと診断されて同年一一月二八日まで同病院で通院治療を受けた。

(五)  原告は、以後、左記のとおり、いずれも腰痛を主訴として、各医療機関で受診し、診断、治療を受けた。

(1) 昭和四八年三月二九日より同年五月一五日まで及び同年八月六日(貞元中央病院)

腰の痛みを訴えて受診し、初診時下部腰椎部に圧痛があり、レントゲン所見により第四、五腰椎分離症が認められたが、病名としては腰痛症と診断された。

(2) 同年五月一七日より同年七月三〇日まで(黒崎整形外科病院)

一か月位前に腰部に痛みが増してきたと訴えて受診し、診察の結果、第三、第四腰椎及び腰臀部に圧痛の所見があり、病名として第五腰椎分離症、腰痛症と診断された。

(3) 同年六月一五日(九州厚生年金病院)

五、六年前から腰痛があり、前屈姿勢で仕事を行うと腰痛が増強して右下肢に痛みが放散する旨訴えて受診し、診察の結果、第四、五腰椎椎弓及び第三腰椎棘突起に分離があり、右分離した場所に痛みを訴えているが、病名としては、第四、五腰椎分離症と診断された。

(4) 同年七月一四日より同年一〇月八日まで(北九州市立八幡病院)

腰痛を訴えて受診し、診察の結果、第四、五腰椎に圧痛があり、レントゲン所見により第四、五腰椎の鮮明な分離が認められ、病名として第四、五腰椎分離症と診断された。

(5) 同年八月一日(九州労災病院整形外科)

昭和四七年末より前屈位にて呼吸困難を生じ腰痛があり、背骨が焼ける感じがすると訴えて受診し、診察の結果、第四胸椎、第四、五腰椎に叩打痛があり、レントゲン所見では第四、五腰椎分離症が認められ、病名として第四、五腰椎分離症、背部痛と診断された。

(6) 同年九月七日(薗田整形外科医院)

昭和四七年四月頃分離症で治療したが、腰の痛みがとれない旨訴えて受診し、診察の結果、第三腰椎部の痛みが過敏であり、レントゲン撮影の結果、第四、五腰椎分離すべり症及び第三腰椎の棘突起に仮関節様の像が認められ、病名として腰椎第四、五分離すべり症と診断された。

(7) 同年九月一八日(宮城病院)

右病院において症状及びレントゲン所見として定型的な腰椎分離症と認められ、病名として第四、五腰椎分離症と診断された。

(8) 同年一〇月一日(斉藤病院)

腰が痛いと訴えて受診し、診察の結果、第三、四腰椎の部分に圧痛があり、病名として第三、四腰椎骨折(陳旧性)と診断された。

(9) 昭和四九年四月八日(九州労災病院整形外科)

腰痛を訴え、診察の結果、腰椎の可動性はよいが背屈時に疼痛があり、第四、五腰椎に圧痛、第三、四、五腰椎棘突起部を軽く指先で押すだけで疼痛を訴えたが、その他腰部及び下肢に神経症状はなく、レントゲン撮影の結果、第四、五腰椎に分離症が、第三腰椎棘突起下縁に分離がそれぞれ認められたものの、第四腰椎々体に骨折があったという所見は認められず、病名として第四、五腰椎分離症、腰椎棘突起過敏症、第三腰椎棘突起部分分離、腰部捻挫と診断された。

(六)  原告は、昭和四九年一月二九日より同五〇年三月二八日まで、前記斉藤病院に入院して腰痛の治療を受けたが、同五〇年二月三日、腰痛と腰背部に力が入らない旨訴えて新中原病院(現、健和総合病院)で受診し、診察の結果、第三、五、六、八、一一胸椎及び第二、三腰椎の棘突起に過敏圧痛があり、レントゲン撮影の結果第四腰椎分離症が認められ、病名として腰部挫傷、胸椎挫傷と診断され、同病院に同年三月二九日より翌五一年三月一〇日までの間及び同年六月二三日より同年七月二四日までの間入院して治療を受け、以後同病院における担当医から独立して開業した藤川勝正医師のもとに通院して治療を受けているが、現在、腰痛、背部痛、左膝の痛みを訴えており、職場に復帰するのは困難な状態にある。

(七)  ところで、原告は、前記腰痛が顕著となった昭和四七年四月二四日より同年五月七日まで腰椎棘間靱帯炎を理由に欠勤した他は、ほぼ平常通り勤務を続けていたが、同四八年九月一七日以降欠勤を続け、同五三年一二月二一日には休職満了により訴外会社を退職した。

以上の各事実が認められ、かかる事実を総合すれば、原告には、本件事故後より昭和四七年三月までの間は、昭和四六年六月一四、一五日の両日に単発的な腰痛で休養をとった他は激しい腰痛及び背部痛は発生することがなかったが、昭和四七年四月に入り激しい腰痛が発生して以来これが持続し、また、昭和四八年八月頃からは背部の痛みも確認され、同五〇年頃より背部痛も持続的になり、現在に至っているものと認めるのが相当であって、(証拠略)のうち以上の認定に反する部分は、前掲その余の各証拠に比照し措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  そこで、原告の前記腰痛及び背部痛が業務に起因するものであるか否かにつき検討する。

1(一)  原告は、右腰・背部痛は、第一次的に、前記一2認定の本件事故の際、かなり強い外力により上から上背部を押さえつけられて上半身を前に折り曲げられ、しかも下半身(両足)は伸ばしたまま両手が床に着くという不自然な形で前屈を強いられたために生じた腰部挫傷、胸椎挫傷に起因する旨主張し、第二次的に、本件事故が誘因となって発生した旨主張するところ、(証拠略)には、本件事故による負傷の過程につき右主張に副う部分がある。

しかしながら、(証拠略)を総合すれば、原告主張のとおり大きな外力が胸椎及び腰椎に加わる形で本件事故が発生したとすれば、事故直後より腰部及び胸(背)部に強い痛みが発生し、その後ある程度の疼痛が継続するのが通常であることが認められるところ、前記一3認定のとおり、原告に激しい腰痛が発生しこれが継続したのは事故後一年二か月以上も経過した後であり、背部痛はさらに後になって発生したのであるから、これらの事実よりして、(証拠略)中の前記主張に副う部分は措信し得ず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  かえって、前記一3(四)及び(五)で認定したとおり、原告は、診察を受けた医療機関のうちその大部分において、腰痛の原因が第四、五腰椎分離症(すべり症)に起因する旨診断を受けているところ、この事実に、(証拠略)及び鑑定人田口厚の鑑定結果(以下「本件鑑定結果」という。)を総合すれば、原告の腰部痛の原因は、本件事故前から存在していた第四、五腰椎分離症及びそれに基づくすべり症であると認めるのが相当であり、この認定に反する(証拠略)中の藤川勝正の見解は、たやすく採用し難い。

(三)  また、証人岩渕亮、同伊藤士郎の各証言によれば、右既存の腰椎分離症を素因として本件事故により腰痛が誘発されたとすれば、腰部が事故直後より強く痛み、その後ある程度の疼痛が継続するのが通常であることが認められるところ、前記一3認定のとおり、原告に激しい腰痛が発生しこれが継続したのは事故後一年二か月以上も経過した後であるから、この事実よりして、本件事故が右腰痛発生の誘因となったものとも認め難い。

(四)  もっとも原告の腰・背部痛について、(証拠略)及び証人伊藤士郎の証言中に、本件事故との直接的な因果関係を肯定する部分があるけれども、右は、いずれも原告の主張する本件事故の態様を前提とする判断であるから、いずれも採用することができず、他に、右因果関係を是認するに足りる証拠はない。

(五)  以上(一)ないし(四)によれば、原告の第一次及び第二次主張はいずれも理由がない。

2(一)  進んで、原告の第三次主張について判断する。

(証拠略)を総合すれば、原告は、昭和三四年に二三才で訴外会社に雇われて以来昭和四八年九月まで、専ら同社の港湾荷役作業に従事してきたが、その作業内容は概ね請求原因4(二)記載のとおりであったことが認められるところ、(証拠略)によれば、右の作業は重量物を取り扱うため腰部に過重な負担のかかる労働であること、原告は本件事故前にも時々腰痛を感ずることがあったことを認めることができる。

そして、証人岩渕亮、同田口厚、同伊藤士郎、同前田勝義の各証言及び本件鑑定結果によれば、前認定のとおり原告の腰椎分離症は本件事故前から存在していたものであるが、腰椎分離症が存在しても必ずしも腰痛を伴うとは限らず、一生腰痛が出ないで終るケースもあること、腰椎分離症がある場合には、その部分が弱点となって腰部の外力に対する抵抗力が低下し、腰部に対し長期間繰り返し外力が加わることにより強い腰痛が発生しやすいことが認められるし、証人岩渕亮の証言によれば、腰椎分離症が悪化すると、腰部のみならず背部にも痛みが発生することが認められる。

以上認定の各事実に、前記一3認定の腰・背部痛の発生状況並びに(証拠略)を総合して判断すれば、原告の前記腰痛及び背部痛は、専ら、原告が訴外会社の前記業務に長期間にわたり従事したために発生した疾病と認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  そうすると、原告の第三次主張は理由がある。

3  してみれば、原告の前記腰痛及び背部痛を業務に起因するものとは認めなかった本件処分は結局違法であることに帰する。

三  よって、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷水央 裁判官 吉田肇 裁判官 髙橋亮介)

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